47都道府県中、最も近代化に遅れて最悪を更新し続ける秋田県の最低な状態を告発していきます!!


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カテゴリ:「覚新」教育!!( 48 )

秋田県だけの特殊事情とは?

東京以外はどこも人口が減少し、高齢化が進んでいる。

岩手も、山形も、富山も、鳥取も、高知も、大分も、宮崎も。

しかし、秋田の進行が一番早いのは周知の事実。

自分も何度もその原因に対する仮説を出してきたが、結果はでない。

もう一度この部分にメスを入れる必要があるのではないだろうか?

周りの県も進んでいるからではなく、なぜわが県だが特別に駄目なのかを真剣に考えるべきでしょうね。

気候のせいなのか、地形のせいなのか?

佐竹藩のせいなのか、明治政府のせいなのか、戦後の知事のせいなのか?

努力が足りないせいなのか、努力で改善することすらできない不可抗力があるのか?

今年はもう一度ゼロに戻って自分自身も考えていきたいと思っている。

自分の大方の意見は過去の記事を調べていけばわかるはずなので、このブログを見る人の意見を聞きたい。

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東北

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by ilovejt15 | 2013-12-31 16:27 | 「覚新」教育!!

東光グループ

大館市に東光鉄工と言う会社がある。
会社のWEBサイト

金属加工がメインだが、グループ会社にはコンピューターソフトウェアの開発も行っている会社もある。

この東光鉄工が放射線遮蔽版の開発を行っていると新聞に有った。特に福島県内で除染されて除去された土壌の保管庫に使用できると説明されている。

鬼平氏や自分もこのブログで書いていたことだが、さきがけは秋田の有益な情報に着目しないとされていたが、たまには取材するらしい(笑)。

さらに東光は自分が提唱していた耕栽培にも参入するという。

農家以外が農業に参入する思想がないと、直近の記事で書いたが以外にも金属加工がメインの会社が水耕栽培に目を付けたらしい。

この会社は大館市でも比較的に大きな会社であり、おそらく採算のめどがある、もしくは率先して新規開拓が出来る自信があるのだろう。

ぜひ、にかほで行われる旧TDK工場を利用した植物プラントにもぜひ参入すべきかと。

無駄に行政の介入がないだけに成功のチャンスがあるかも。行政は金だけを出して、金の使い道だけチェックしていればいいのであって、自分たちの思想を押し付けるのは間違い。

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東北

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by ilovejt15 | 2012-10-17 22:18 | 「覚新」教育!!

Poperinge

Poperinge(ポペリンゲ)とは?

ビールの原料であるホップのことである。
(ポペリンゲとは原産地のベルギーの街である)

あまり知られていないことだが、秋田県はホップの生産日本2位なのだという。自分もつい最近、FM秋田の番組で聞いた。(1位は岩手県)

また県内でも特に大館市田代地区横手市大雄地区が生産の拠点になっている。実は田代地区のホップ生産拠点付近で数年仕事をしていたので、旧田代町がホップに力を入れていたのはすでに知っていたのだ。ただ、全国2位の生産力に貢献していたことまでは知らなかったが・・・・

鬼平氏は、秋田の地ビール宣伝が下手糞と嘆いていたが、原料であるホップの生産力が全国トップクラスであることを考えるとますます、宣伝下手が強調されてしまう。

自分はドイツ文化好きだが、ビールにホップを使用するように決めたのはドイツである。(南ドイツのバイエルンの領主が定めた)

その縁で田代にバイエルンの文化や歴史を町おこしに利用してみるのもいいかと・・・

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by ilovejt15 | 2012-07-04 04:56 | 「覚新」教育!!

「あきた」発祥の自分なりの解釈

wikiによれば、「あきた」の地名には二つの説があるという。

1 悪田(あくだ)
これは稲の生育が良くなく、悪田と言われていて、それが訛って「あきた(秋田)」になったというもの。

2 齶田(あぎた)
男鹿半島から形が人のアゴに似ていることから「あぎた」→「あきた」に転じたという説。

自分は1番の悪田の可能性が高いと思っている。

本来の秋田というのは秋田市寺内の国府「秋田城」を中心としたエリアである。

ここに国府が設置され、土崎港がその物資搬送ならびに諸外国の使節受け入れの港として秋田市は発展していった。※土崎はロンドン五輪代表の江畑幸子の生まれ故郷でもある。

さて稲の生育が悪いことから悪田と言う言葉でたらしいが、これは簡単に説明がつく。

玉川の強酸性の水は大仙市神宮寺付近で雄物川に合流する。現在でこそ、上流域での中和事業のおかげで雄物川の汚染は無くなったが、これは1940年に玉川の水を水力発電で使用するため水の流れを田沢湖に代えさせたことも理由だ。おかげで田沢湖のクニマスは絶滅したが・・・

雄物川の河口は現在は新屋にあるが、実際の河口は山王から土崎にかけての秋田運河が正規の河口である。

秋田城が造られたころは、玉川の水は雄物川に直接流れ込んでいたのだから、大仙から秋田までの農作物の育ちが良くないのは簡単に想像ができる。

平安の人々が「悪田」と呼んだとしても不思議ではないだろう。

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by ilovejt15 | 2012-07-01 05:42 | 「覚新」教育!!

役人天国秋田県

いまさら、役人天国なんて言わなくても「もうみんな知ってるよ」と言われそうですが・・・

ある古い記録を見て、現在の役人天国化の遠因が江戸時代からあるかのような記述を見つけた。

18世紀後半の大館城下の人口比率である。

旧大館城下は現在の桂城公園を中心に、長倉・馬喰町・常盤木町周辺になるわけですが、当時の人口は約6000人と記録されている。

そのうち、武家層が3500人で、町人層が2500人と記録されていた。

武家層は武士のみならず、足軽とその家族、武家奉公人(中間・小者)を併せた人数と思われるが、町人層より多いというのはある意味凄い。

これを現在の感覚で言えば、小坂町(約6000人)のうち、半分以上が公務員・団体職員とその家族になっているということになるのではないか?

江戸時代の武士の比率は総人口の6%前後が普通で、江戸のように全国から参勤で武士が集まる地域ならともかく、地方でこの比率は結構大変なものではないだろうか?

鬼平氏がすでに過去にコメントで、旧久保田城下(明治初期の旧秋田町・現在の秋田駅周辺エリア)で武士層が多すぎると書き込んでくれましたが、秋田はどこもそんな感じだったのか?

町民もおそらくは武士相手の工業者や御用商人ばかりだったと推測されるので、民間の商業が発展しないという秋田の今の現状がすでにこの頃には確立されていたのかもしれない。

そういえば角館は他の城下とは違い、平成の大合併までに独立して市になれなかったエリア。あそこは武士どころか、京都の公家からお嫁さんを連れてきて、公家化した場所で、大館などに比べてより町民層の増加がなかったのかもしれない。

そのお公家化した武士の末裔が今の県知事なわけで・・・

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by ilovejt15 | 2012-06-03 19:52 | 「覚新」教育!!

ニーチェの言葉

Friedrich Wilhelm Nietzsche(フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ)
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ドイツ出身の哲学者であり、近代文明に大きな影響を与えた人物である。

ニヒリズム

の提唱者である。

ニヒリズムと言うと

北秋田市・由利本荘の山奥や、上小阿仁・東成瀬のような場所に今更道路や施設を整備してもいずれはゴーストタウンと化すのだから、なにをしたって無駄だ

こういう発想をする考えと普通の人間は認識する。

しかし提唱者のニーチェは二つのニヒリズムを提唱している。

1 強さのニヒリズム(能動的ニヒリズム)1.すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度。

弱さのニヒリズム(受動的ニヒリズム)
2.何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度。

北秋田市のバター餅ブームで考えてみよう。

あんなのは一過性であり、騒ぐのはバカな連中だ
こういう発想はニーチェに言わせれば、弱さのニヒリズムになる。

一過性なのは百も承知。売れるうちにたくさん売っておけばいい。誰にも注目されないよりはマシ
こういう発想になれば強さのニヒリズムになる。

秋田人の発想は弱さのニヒリズム傾向が強いかもしれない。

広島や島根は自虐ネタで観光客を誘致しようとしているし、三陸鉄道は赤字饅頭なんていうのを出して世間の注目を得ようとした。

強さと弱さの二つのニヒリズムの考えは秋田の観光を考えるうえで大きな参考になると思われるが。

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by ilovejt15 | 2012-05-20 13:28 | 「覚新」教育!!

横手の忠猫

今日のさきがけ新報のコラムに面白い話があった。

横手の忠猫

と言う話である。

横手市のサイトにその話が説明されている。

主人の為にひたすらネズミを捕まえて13才(猫なら100歳前後の大往生)で亡くなった猫の話だという。

さきがけ新報では大館にハチ公あらば、横手に忠猫ありと宣伝できないものか?と、ある。

猫で町おこしに成功した事例として滋賀県彦根市がある。

言わずと知れたひこにゃんの街だが、どんな関わりがあるのかご存じだろうか?

現在の世田谷区豪徳寺にある豪徳寺と言う寺で彦根藩の2代目藩主・井伊直孝がにわか雨にあって大木の下で雨宿りをしていた際に、手招きをする白猫を見て近寄ったところ、直後に大木に雷が落ちた。この白猫のおかげで難を逃れたと感じた直孝は感謝し、のちに豪徳寺を井伊家の菩提寺とした。この白猫の伝説、いわゆる「招き猫発祥伝説」のひとつを元に想起された。

wikiより

開運招福の招き猫とひこにゃんはルーツが同じなのである。

ひこにゃんと言えば今やゆるキャラの総大将であり、大人気者だ。

この横手の忠猫もひこにゃんの用に活かすべきというさきがけ新報のコラムは珍しくいいポイントをついたと思う。

ちなみに忠猫には名前がない。まずは名前の募集から初めて、有名なイラストレーターや漫画家さんに(横手つながりで例えば矢口先生)とかにデッサンをお願いするのもいいかもしれない。

あるいは忠猫がメスであった(※伝わる話だと生涯に一度も交尾をしなかったとある)ことを利用して、アニメ好きの感情を利用して、いわゆる猫耳少女的なキャラにするのもいいのではないか。

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by ilovejt15 | 2012-05-05 18:47 | 「覚新」教育!!

秋田は勤勉革命?

秋田人は起業精神が脆弱だとよく言われる。

その答えになりそうなのが

勤勉革命

という考えである。

勤勉革命とは?

最近自分が注目している評論家、池田信夫氏のブログから勝手に引用させていただく。

イギリスの産業革命では、市場経済によって農村が工業化され、資本集約的な産業が発達したのに対して、日本では同じころ逆に市場が農村に取り込まれ、品質の高い農産物をつくる労働集約的な農業が発達した。二毛作や棚田のように限られた農地で最大限に収量を上げる技術が発達し、長時間労働が日常化した。そのエネルギーになったのは、農村の中で時間と空間を共有し、家族や同胞のために限りなく働く勤勉の倫理だった


赤い部分が特に引っかかる。勤勉革命自体は日本人の伝統思考らしいが、秋田人のこの思考は非常に強すぎるのではなかろうか?

池田氏はこんなことも書いている。

もはや会社のために人生を犠牲にしても、それが報われる保証はない。つぶしのきかない文脈的技能しかもたないまま労働市場に放り出されたら、たちまちホームレスに転落だ。与えられた仕事に「額に汗して働く」のはもうやめ、主体的に仕事を選んではどうだろうか。起業というのは、多くの人が誤解しているように金もうけではなく、自分の好きな仕事をする生き方なのだ。


秋田は農業県だから、農業をやるのが一番良い。都会に出ていくのは秋田で農業が出来ない負け組だという発想があるかもしれない。

大館出身の安東昌益の発想は、人民全てが同じ仕事をして一握りの大成功する人間誕生を抑制しかねない原始共産制社会である。

自分は今まで、昌益の思想は秋田の人間に受け入れられず埋もれていったと解釈していたが、むしろ秋田社会はその下地があり、昌益の発想はそれを拡大化しすぎて世間がついていけなくなり埋もれたのではないか?と考えるようになった。

斎藤宇一郎に石を投げつけた仁賀保の農民を見ていると、そんな感じがする。

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by ilovejt15 | 2012-03-30 01:27 | 「覚新」教育!!

ピザ定食

関西方面のピザ屋でピザ定食が登場して物議を醸しているとか。

カロリーが高そうなので、太り気味の人や太られない商売の人はやめた方がいいでしょうな。

気になるのは「日本の食文化の崩壊・衰退」と叫んで顔を真っ赤にさせている人間が少なからずいるということ。

井沢元彦は日本文化をビーフカレー文化と言っていたと記憶している。

どういうことかと言うと?

カレーはインド発祥の食べ物である。

しかしインドで最も勢力の強い宗教はヒンズー教。ヒンズーでは牛は神聖な生き物なので食べることは厳禁である。

つまりビーフカレーは日本独自の食べ物である。

外国から入ってきた文化を日本流にアレンジして、本来の姿や意味とは異なるものにしてしまう。日本人の面白い特徴である。

さらに付け加えれば、オリジナルより優秀なモノを造ることだろう。テレビも車も日本で改良されて進化して世界に逆輸出されて大成功したのは誰でも知っている。

さらに大昔の例で言えば、火縄銃ですら日本製の方が優秀らしく、ヨーロッパのアンティークマニアなども日本製火縄銃の愛好家が多い。ヨーロッパでは「ノブナガ」と言われる。実際、信長は長篠の戦で鉄砲を大量に使用して勝利したが、鉄砲を伝えたヨーロッパでさえあのような組織的な戦術はまだ行われていなかった。

逆に言えば、「日本文化は美しい。保護して外国の血を入れない」という考え方そのものが、日本の伝統文化に反しているとも解釈できる。

なので井沢元彦は秋田出身の平田篤胤の過激な国粋主義に手厳しいのである。

自分はピザ定食はアリ派である。喰うかどうかは100万人いれば100万人の自由意思に任せるべきであり、口撃するような話ではない。

ピザ定食が秋田県内で普通に食べられるようになったときに秋田に変化が起こるかもしれない・・・

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by ilovejt15 | 2011-12-04 16:19 | 「覚新」教育!!

古代秋田人は反骨心が溢れていた?

同じ血統の氏族が絶えることも、他氏族と混じることなく延々と存在するのは難しい。

日本人の多くはこの純血思想を信じていると思われるが、実際の日本人はシベリア・朝鮮半島・中国江南といった地域から人が集まってきて早い段階で混血しているはず。

そもそも中学の歴史で渡来人が大和政権の中枢にいたことを教えているはずなのに、純血思想が信じられているというのは滑稽である。

さて、西暦801年から始まった坂上田村麻呂の蝦夷征討を持って平安朝の日本は平和になったわけではない。

878年に火内(現・大館市)地方で蝦夷が反乱を起こし、その勢いを官軍は止める術をしらず、国府である秋田城が陥落するほどだった。従来の説では、官軍の総大将である藤原保則の寛大な処置により、蝦夷方が幸福を申し出て終結したとされていたが、実際には官軍のほうが屈服して蝦夷側の要求である雄物川以北(現在の秋田市~大館市)までの支配権を譲った可能性があるとされている。

この時代の古代秋田人はなかなか、気骨のある人間だったに違いない。

しかし、この古代秋田人の多くは消滅した。原因は915年に発生した十和田大噴火が原因である。北秋田市立鷹巣中学校の敷地内にある胡桃舘遺跡は十和田大噴火の火山灰や、米代川に流れ込んできた大量の土砂で埋まったものと自分は教えられてきた。

八郎太郎が米代川を下って八郎湖をつくって住みついたという伝説は、噴火による大量の土砂が米代川を下る光景を現した表現かもしれない。

気骨ある秋田人が消滅したのは残念なことだ。県北にいる秋田人の祖先の多くはおそらくは、奥州藤原氏政権誕生後に移住した人間や、頼朝の東国平定後に移動してきた人間と思われる。(比内・北秋田を支配していた浅利氏は甲斐源氏武田氏の一族である。盛岡南部氏や秋田佐竹氏とは同族になる

少々、話は変わるが港町は多くの人間が集まってくるので、文化が多様化する。平安朝初期の秋田の中心は現在の寺内将軍野であり、そこへ人と物を運ぶ港として発展したのが土崎である。

文化だけではなく人も交じる。今年8月に女子バレーボールユース世界選手権の日本代表メンバーだった、土井さくらは将軍野中から秋田北高校に進学した選手である。将軍野中学校は秋田城の麓にある。
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ユース選手権では日本の貴重な得点源として大活躍した。

そして
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ワールドカップで活躍した江畑幸子も将軍野と隣接した土崎エリア出身である。

世界で通用する選手が狭い範囲から出たのは偶然ではないかもしれない。

明治以降、近代化の過程で人・物・情報が大量に交じるような社会を構築しなかったことが今の秋田の散々な状況になっているのではないか?

十和田大噴火で消えた気骨ある秋田人であれば、その反骨気質ゆえに周囲に負けない文化や社会を造っていたかもしれない。

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by ilovejt15 | 2011-11-20 13:56 | 「覚新」教育!!

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